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ニンフォマニアック Vol.1 Vol.2/絶倫をこじらせて

Posted by arnoldkillshot on 09.2014 映画タイトル:な行 0 comments 0 trackback
『ニンフォマニアック(原題:Nymphomaniac)』
2014年 デンマーク、イギリス、ドイツ、フランス、ベルギー
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、ユマ・サーマン、クリスチャン・スレイター、コニー・ニールセン、ヒューゴ・スピアー、ソフィ・ケネディ・クラーク、ジェイミー・ベル、ウィレム・デフォー、ミア・ゴス 他


あらすじ:
雨の降るある冬の夜、道で倒れている女を拾った老人セリグマン(ステラン・スカルスガルド)。ジョー(シャルロット・ゲンズブール)と名乗るその女は、差し出された熱い紅茶を飲みながら、色情狂(ニンフォマニアック)たる自身の数奇な人生を語り始める。博識ながら子供のように無邪気なセリグマンは彼女の話に熱心に耳を傾ける……。

(Vol.1)
第1章 釣魚大全:幼い頃から性に強い関心を持っていたジョー。思春期に入った彼女(ステイシー・マーティン)は、憧れの男性ジェローム(シャイア・ラブーフ)に処女を差し出すが、それは屈辱的な結果に終わる。それから2年後、ジョーは友人B(ソフィ・ケネディ・クラーク)と列車内で男を釣るゲームに挑戦し、男の扱い方を学んでいく。

第2章 ジェローム:就職先でジェロームと思わぬ再会を果たすジョー。男たちと体を重ねる一方で、彼に対しては感じたことのない複雑な感情を抱くが……。

第3章 H夫人:ジェロームを失ったジョーは、同時進行で複数の男たちと関係を持っていた。その中の一人・Hは家庭を捨ててジョーの家に転がり込むが、そんな彼を背後から見守るH夫人(ユマ・サーマン)はどこか壊れていた。

第4章 せん妄:ジョーの最愛の父(クリスチャン・スレイター)が病に伏した。肉体も精神も変わり果てた父を見て、哲学的で優しかった父親像がジョーの中で壊れていく。

第5章 リトル・オルガン・スクール:当時ジョーは一日10時間のセックスをスケジュール通りこなしていた。中でもオルガンの和音のように、性生活の根幹になっていた3人の男がいた。包容力のあるF、野生の猫のようなG、そして……

(Vol.2)
第6章 西方教会と東方教会(サイレント・ダック):初恋のジェロームと結ばれ、家庭を持ったジョーだったが、突如性感を失ってしまう。オーガズムを取り戻すためより高度な刺激を求めるジョーは、客に暴力による性感を提供する男・K(ジェイミー・ベル)に救いを求める…

第7章 鏡:ジョーの男漁りは会社でも悪評を生んでいた。上司からセックス依存症の会への参加を命じられたジョーは、「依存症」を断ち切ろうとする……

第8章 銃:完全に世間から孤立したジョーは、裏社会に活路を見出す。借金取り立て屋のL(ウィレム・デフォー)は彼女の手腕を評価しながらも、年を取った彼女に後継者を探せと言う。彼の紹介でP(ミア・ゴス)という孤独な少女に接触するジョーだったが……
Vol.1感想 (10月15日)):
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』等、重~い作風で我々の心を打ち砕くのが大好きなラース・フォン・トリアー監督の最新作は、過激でブラックなモロ出しエロコメディ(と言っていいのだろうか)。実際に自分の製作会社でハードコアポルノを取っているだけあって性描写はすごいです。しかしエロと言っても素直に興奮できるわけでもうっとり浸れるわけでもなく、トリアー監督お得意の強烈な皮肉が思いっきり水を差してきます。

色情狂(ニンフォマニアック)を自認する女・ジョーが語る、自身の性欲まみれの人生。処女喪失から友達と興じた男漁りゲーム、複数の男との関係や相手の奥さんとの修羅場、そして欲望の中で居心地悪そうに顔を出す愛……過去を振り返って「アタシは悪い女よ」とネガティブな発言を繰り返すジョーですが、彼女の話を聞く老紳士セリグマンは、彼女の体験の中に世の中のあらゆる知識の片鱗を見出し、無垢な驚きと好奇心に目を輝かせて子供のように物語をせがみます。精神的に童貞な彼のおかげで、見る側も世間一般の価値観やジョーの自己否定に惑わされることなく、彼女の物語を楽しめるのです。

2歳で自分の性器に気が付いたというジョー。そんなおマタばかりいじっている子供が母親にいい目で見られるはずもなく、ジョーは父の愛だけを受けて成長しました。そして思春期、憧れのバイカー青年ジェロームに「私の処女を奪って」とドキドキしながらお願いしたら、「はいよ」とあっさり貫通され、頼んでもいないのに後ろの処女まで奪われて大ショック。母親と初恋の男によって愛に挫折したジョーは、それ以来愛を捨てて性欲に身をまかせて生きていきます。友達とのゲームで男を釣る要領を学び、口説き文句を覚え、スケジュール管理もぬかりなくセックスライフを楽しんでいましたが、そこへ愛が邪魔をする。運命のいたずらでめぐりあうジェロームや、ジョーに家庭と精神を崩壊させられたH夫人(ユマ・サーマンのブチ切れ演技が凄い)……セックスだけ楽しめればいいジョーと、愛を高らかに謡う世間の溝は深く、悦びに生きてきたにも関わらず、彼女は自分を否定する。彼女はただ、愛をうまく扱えない不器用な女の一人にすぎないのに。

そう、一見突き抜けているように見えるジョーの人生ですが、よく考えると彼女の人生もごく人並みです。特殊な環境や誰かの影響でそうなったのではなく、ただ天性のミュージシャンのように、彼女には性の才能があっただけ。しかし男の絶倫は賞賛されるのに、女の絶倫は不遇です。なぜ女泣かせの色男はプレイボーイともてはやされ、同じことをやる女は色情狂と不名誉な呼ばれ方をされ、「悪い女」と自分を責めなければならないのか?ここらへんが大きなテーマなのだと思いますが、それはVol.2を見てみなければわかりません(追記11/8:だいたいあってた)。Vol.1ではまだシャルロット・ゲンズブールは一枚も脱いでないし、ポスターですさまじいイキ顔を見せているウド・キアをはじめ、まだ出ていない登場人物もいるので、まだ何も判断できません。Vol.1のラストで突如訪れた不感症という名のスランプ、果たして彼女はどう切り抜けるのか?後半に続く!(Vol.2見たら追記します)

Vol.2感想(11月8日):
絶倫女一代記、後半戦はまさに下り坂の人生です。Vol.1では若く貪欲で、求めらるがままヤリたい放題のジョーでしたが、Vol.2では性的倦怠、世間の目、寄る年波に打ちのめされどんどん孤立していきます。その葛藤と反比例するかのように過激さを増すジョーのセックス。3Pに二本挿し、ムチ打ちにレズ……このようにVol.2では、性的にも社会的にも「疎外者(Outcast)」となっていくジョーの転落人生が描かれます。ですが相変わらず乾いた笑いは健在で、しかもトリアー監督の過去作品のセルフパロディまで飛び出します。こう見るとどうやらトリアーは惑星メランコリアを撃破したようです。

Vol.1の最後で初恋のジェロームと結ばれたのと引き換えに、突如性感を失ったジョー。家庭に入り息子も授かって「女の幸せ」を手に入れた彼女でしたが、それで納得できないジョーは旦那に迫りまくって性感を取り戻そうとします。彼女の絶倫っぷりについていけなくなったジェロームは、『奇跡の海』よろしく他の男で性欲を満たしてくれとお願いします。そこでジョーがたどり着いたのは暴力による性感を提供するという若い男。ヨガのインストラクター並みに紳士なKによるムチ打ちで、ジョーは失われたオーガズムを取り戻していきますが、彼のもとに通う代わりに幼い息子を深夜に置き去りにするようになります(ここで登場する『アンチクライスト』のセルフパロに失笑)。そしてジェロームから三行半を突き付けられ、家庭からの疎外者となったジョー…そんな彼女に優しいのは、同じ性的疎外者であるKだけでした。

こうして孤独に戻ったジョー。独り身なんだからそっとしておいてくれればいいものを、会社で彼女の男漁りが噂になり悪い立場に追いやられます。上司に命じられて参加したセックス依存症の会で「アタシは色情狂よ」「違いますよ、依存症ですよ」とやんわりビョーキの烙印を押されたジョーは、禁欲することに……クリーンな頭で再び依存症の会にやってきたジョーが見たものはしかし、本来の自分――ナチュラル・ボーン・色情狂の自分。色情狂という社会的落伍者の自分を受け入れた彼女は、依存症の会=社会そのものから颯爽と立ち去っていくのでした。

家庭にも世間にも居場所をなくしたジョーが流れ着いたのは裏社会。そのころには長年の無理がたたって性器もボロボロになっており、彼女の性欲は肉体にも裏切られていましたが、経験は知識となり、力よりも優れた武器となっていました。男を知り尽くした彼女は、男たちの弱点を見抜いて責める。その仕事を評価した借金取り立て屋のLは、後継者候補として孤独な少女Pをジョーに紹介します。ジョーの母親のような愛情に心を股も開き、上記の真相を知らされても積極的に仕事を手伝おうとする健気なP。多くの男と交わっても彼らを決して愛さず、唯一愛した男にも去られ、社会にも自身の肉体にも裏切られたジョーにとって、最後のよりどころが同じ孤独な女となったことは不思議ではありません。しかしある夜を境に破局が訪れます。


ネタバレ(反転)
Pがジェロームの女になったのはともかく、いつから彼女はジョーにションベンひっかけるほどの敵意を持ったのでしょう。ジョーが事実を打ち明けた時に実は裏切られたと感じていたのか、それともジェロームと懇ろになってからジョーとの過去を知ったのか。ジェロームとのセックスを見せつけた時の女としての優越感から察するに後者?どちらにせよ最後のPの姿からはジョーを慕う気持ちは完全に消え去り、女としての優越感と敵対感だけでしたね。女の嫉妬は怖い、特に勝ち目がないときは。

かくして欲望に忠実なあまり、世界から見放されたジョーは、路上に横たわり「私の穴をすべて埋めて」とつぶやく。これがたぶん↑のVol.1の感想で私が言った「なんで男の絶倫はよくて女の絶倫はうまくいかないのか?」という疑問の答えなんです。突っ込みたいところに自由に突っ込める男の棒とは違い、女には埋めるべき(穴)がある。それはマラであり、妻や母親の役割であり、社会的立場であり、年齢であり、所かまわず発射できる男と違って、女は女であろうとする限り埋めるものをただ受け入れるしかない不自由さがあるのです。そしてペニス的欲望を持つジョーの人生とは、その不自由さとの戦いでもあった。その結果、彼女は疎外された者としてある意味自由を得たわけですが、孤独の(穴)は埋まらず、むしろ誰よりも孤独な存在となった。彼女を満たすものは、今のところこの世界には存在しないのですから。

…というようなことを、すべてを聞き終えた精神の権化たるセリグマンは言うわけですが……ここでドンデン返しというかやっぱりというか、トリアー監督らしい意地悪なオチ。たぶん監督も「映画見てる最中はもっともらしいこと考えるんだろうけど、どうせお前ら家に帰ったらヌくんだろ?」と思ったんでしょうね。しかしこのやっぱり、なオチの後でも、ジョーのラストの決意は揺るがないのでしょう。すべてに裏切られても、銃を手に、セクシュアリティとのジョーの戦いは続く。彼女は求め続ける女で、諦めない女だから。

以上、『ニンフォマニアック』のレビューでした。
シャルロット・ゲンズブールのフェラシーンは張り型らしいです。あ~びっくりした。

冒頭とVol.エンドロールで流れるラムシュタインの"FÜHRE MICH(Guide Me=私を導いて)"が実にパワフルで印象的です。彼らの独特のリズムはセックスのリズムに似ている。だからメタルなのに妙なエロさがあるのだと思います。
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