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『ダークナイト ライジング(原題:The Dark Knight Rises)』

Posted by arnoldkillshot on 28.2012 映画タイトル:た行 2 comments 0 trackback
これこそ、映画という名の新たな神話――黒い殉教者の伝説は、語り終えられた時から始まる。

『ダークナイト ライジング(原題:The Dark Knight Rises)』
2012年 アメリカ
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン、ジョナサン・ノーラン
音楽:ハンス・ジマー
出演:クリスチャン・ベイル、トム・ハーディ、アン・ハサウェイ、ゲイリー・オールドマン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、マリオン・コティヤール 他

あらすじ:
バットマンがハービー・デント=トゥーフェイスの罪をかぶり姿を消してから8年。ゴッサム・シティはハービーの名を冠した“デント法”によって平和を取り戻していた。しかしバットマンとして戦う必要がなくなったと同時にレイチェルという守るべき存在も失ったブルース・ウェイン(クリスチャン・ベイル)は表舞台からも姿を消し、屋敷に引きこもっていた。そんな彼の前に現れたのが女泥棒セリーナ・カイル=キャットウーマン(アン・ハサウェイ)。自分の指紋を盗んだ彼女の素性を探るブルースだったが、同じころ市警本部長となったゴードン(ゲイリー・オールドマン)が地下に巣食う謎の傭兵集団のリーダーであるマスクの大男ベイン(トム・ハーディ)に殺されかける。再びゴッサムに忍び寄る悪と戦うには“闇の騎士(ダークナイト)”が必要……傷ついたゴードンも、直感からバットマンの正体を見破った新米警官ジョン・ブレイクも同じことを願っていた。ブルースは表舞台にも闇の世界にも復帰することを決意するが、己の幸福を求めず自ら戦いに飛び込もうとする主に心を痛める執事アルフレッド(マイケル・ケイン)は彼の元を去る。
ほどなくしてベインに率いられた傭兵たちが株式市場を襲う。強靭な肉体だけでなく優れた知能を持つベインの策略に苦戦しながらも戦いに復帰するバットマンだったが、今度はセリーナが盗んだ指紋が悪用されブルースは破産してしまう。表の顔を失ったブルースは惹かれあっていた投資家ミランダ(マリオン・コティヤール)にウェイン社の開発した核融合炉を託す一方、セリーナの協力によってベインにたどり着こうとする。しかしセリーナの裏切りで逃げ場を失ったバットマンは、自分と同じく“影の軍団”で鍛錬を積んだベインに敗れ脊髄を折られてしまう……かつて自分が生まれた牢獄に傷ついたブルースを監禁し、ゴッサムが滅ぼされるのを見せつけようとするベイン。街を破壊し人々を恐怖に陥れたベインは、奪い取ったウェイン社の核融合炉によってさらに人々を扇動し無政府状態に陥らせる。ブルースはゴッサムを救うべく、傷ついた肉体で牢獄から“這い上がろう”とするが……
感想:
1、黒い殉教者の伝説
なぜこれほどまでに“ダークナイト”の完結編が人々に待ち望まれたのか。それはこのクリストファー・ノーランによるバットマンの物語がヒーローの活躍を中心に描く他のヒーロー映画とは違い、むしろヒーローの受難を描いているからだと思います。闘うたびに己の闇を濃くしていくバットマン……これほどまでに深く傷つき、これほどまでに重い悲しみを背負ったヒーローがかつていたでしょうか?しかしこの『ダークナイト・ライジング』全編で流れる掛け声のように、観客はさらなる受難を求めて叫びます――それがこの最終作への世界的な期待の大きさです。
この『ダークナイト』シリーズでバットマンが戦ってきたのは悪それ自身ではありませんでした。『ビギンズ』己を脅かす悪という恐怖、そして悪への怒りから同じ悪に堕ちる恐怖と戦い、『ダークナイト』では恐怖という躊躇いを失ったことによる狂気、善悪の境界の喪失と戦ったバットマン=ブルース・ウェイン。彼の戦いは実は自分との戦いであったといえるでしょう。そしてこの『ダークナイト ライジング』では狂気の果ての喪失の中で迷いと絶望を相手に戦います――ブルース・ウェインとバットマン、崩壊していく2つの顔。どちらにも希望がないなら救いはどこにあるのか……そしてこれを以てバットマンが本当は何者であったか我々は知ることになります。それは正義の使者でも英雄でもなく、殉教者の物語。恐怖の中に自らを投げ打ち、狂気の中で自分を見失う危険に身をさらし、それでも自分のためではなくひたすら人々のために戦った黒いキリスト、それがバットマンなのです。そして殉教者は終わりを迎えてから伝説になる。これは伝説の終わりではなく始まりなのです。

2、剥がれ落ちるマスク
前作『ダークナイト』でハービー・デント=トゥーフェイスの罪をバットマンがかぶったことによってゴッサム・シティには平和が訪れましたが、反対にバットマン=ブルース・ウェインは平穏からは程遠く、暗く心を閉ざしています。人々を守る闇の騎士のマスクを被る必要がなくても、愛する人を失った今素顔も何の意味もない……そんな彼の姿を見ると、アルフレッドのように十分傷ついた彼に幸せになってほしいと心配したくなります。しかし彼が看破したように、ブルースは平和を望みながら戦いに身を投じたがっている。それは単に愛するレイチェルを失って自暴自棄になっているからだけではなく自己犠牲という彼の本質なのでしょう。それでも子どもの頃から見守ってきたアルフレッドはそんなブルースの姿に心を痛め、ついに彼のもとを去ってしまいます。『ビギンズ』でレイチェルが言ったように「元のブルースは二度と戻らない」――それは単にバットマンという裏の顔を生み出したからではなく、人生における戦いを経てブルース自身が変わっていったから。それを親同然であるアルフレッドも止めることはできない、だけど受け入れることもできないから去るしかないのです。
新たな戦いの予感の中、現れた二人の女性。厳しい環境で生き抜いてきた凄腕の女泥棒セリーナ・カイル=キャットウーマンは大富豪ブルースを破滅させますが、同じく闇に生きるバットマンに惹かれていきます。レイチェルさえ受け入れられなかったバットマンをはじめて愛することができたのがキャットウーマンなのです。一方よりよい世界を望む美しき資産家ミランダ・テイトは、ブルースが財産を失ってもその理想に共感して愛します。愛を失い表の顔も裏の顔もボロボロになった彼を、この新たな愛が癒すのだろうか?しかし救われることを求めないブルースは、愛に身を委ねようとはしません……ただ彼にあるのはバットマンという可能性だけで、その出口はまだ見えない。幼い頃から今に至るX軸の変化、そして表と裏のY軸の変化の中でブルース・ウェインという人物はどんな出口へ向かうのか?彼のこの迷いが映画の鍵となります。はたしてどちらが本当の自分なのか、どちらでもないのか。それとも新米警官ブレイクが見抜いたように、ブルース=バットマンなのか……。この時点で彼は答えは見いだせないまま。さらにベインという嵐がブルースの希望も愛も吹き飛ばします。
屈強な肉体と優れた知性を持つベインは『ビギンズ』の恐怖も『ダークナイト』の狂気も超越した存在で、同時に“影の軍団”と同じく「悪を以て善を成す」という神の代理人としてゴッサムに君臨します。そして彼がゴッサムに下した裁きは、有罪――ハービーの真実を明かさず偽りの平和の中で生きる人々に、それを維持しようとする警察に、そして悪を征しても人々を善に変えることができなかったバットマンに。バットマンは肉体でも精神でも自分を上回るベインに敗れ、背骨を折られるという大ダメージを受けてしまいます。壊れたマスクを投げ捨てるベイン……これで表の顔だけでなくバットマンとしての顔も失ったブルースは、ベインによって彼が生まれ育った監獄に囚われます。

3、Fall and Rise
バットマン不在のゴッサムはベインによって混沌に陥ります――街の崩壊、暴動、核の恐怖によるそれはまるで世界の終わり。傷は深く、ゴッサムの危機を見ていることしかできないブルースは「ゴッサムが灰と化したら死なせてやる」と絶望的な宣告を受けます。ウェイン社会長としてもバットマンとしてもアイデンティティを失い、力なく打ちのめされるしかないブルース……そんなとき夢に見たのは、かつて同じような古井戸に落ちた幼い自分を救い出してくれた父の姿でした。しかし自分を救ってくれる存在もとうの昔になく、愛という希望も失われた……文字通り救いのない深淵の底、そこにいるのは誰でもなくただの力ない人間。ただその絶望の底から見えるのははるか上に輝く光の世界。それはブルースにとってはゴッサムを救うという使命でした。「人が落ちていくのは這い上がるため」……父の言葉を思いだし、ブルースは傷を治し体を鍛えて脱獄を目指します。それは大富豪でもバットマンでもなく、ブルース・ウェインという一人の人間が絶望から出口へと這い上がる(Rise)たった一人の戦いです。
そんな彼の姿と重なるようにゴードンやブレイク、そしてフォックスたち――バットマンの力を借りて巨大な悪と戦ってきた彼らは、人間としての力だけで史上最悪の敵に立ち向かいます。今のゴッサムにバットマンはいない。それでも彼らが戦えるのは、バットマンが戦う姿を通して彼らの心にバットマンと同じ勇気が宿ったから。彼らは正しくあろうとしてきた――それでもバットマンが現れ悪と戦うまで、恐怖や狂気に立ち向かう強さを持たなかった。しかし頼れる存在を失った今、力を失った今だからこそ自分が信じる正しさに命を捧げたい。
そしてブルースも頼みの綱を失ったからこそ生まれる本当の強さで這い上がります。牢獄の医師が言ったように「死を恐れないのが強みだと思って」いたブルースは、自分なしで破滅の危機を迎えているゴッサムを見て恐怖を取り戻すのです。「死ぬのは怖い。ここで朽ち果て、ゴッサムを救えないのが」恐怖を克服することで悪と戦ってきたブルースは、今度は生きるために恐怖へと帰ります。それは命という、それ自体可能性を持った重さ――死んでしまっては、生きなければ自分にしかできないことが不可能にってしまうから。その答えこそあの少年の日、彼が落ちた恐怖の穴の出口でした。そしてブルースは恐怖の穴から、自分だけの力で這い上がります。可能性は命綱にではなく、自分自身が存在している重みにこそある……それが恐怖に落ちた少年のままのブルースと、恐怖と戦うバットマンをひとつに統合するのです。そのたった一つの出口から這い上がったブルースに、もう迷いはありませんでした。

4、伝説の始まり
ついにゴッサムを救いに帰ってきたブルース=バットマン。彼と空飛ぶバットモービル“ザ・バット”の力でベインとの対決、そして核爆弾の阻止にのぞむゴードンたち。しかし闇の中で傷つく痛みを知るキャットウーマンは、彼に「逃げましょう」と言います。「命を懸けて彼らを救う義理はもうないわ」――彼女の憐みはアルフレッドのそれと重なります。愛しているから生きてほしい。人々を救うように自分自身を救ってほしい。それは同時に私たち観客の切なる願いでもあるのです。人々を救うヒーローを、いったい誰が救うのか?だけど、そんなにも命を削ってもなお「まだ足りない」と答える彼を止めることなどできない。人を救うことがヒーローの救済であって、彼自身を救うことなどヒーローは求めていないから。
そしてブルース=バットマンの命を懸けた救済は実現されます――かつてベインたちの制裁を恐れて隠れていた警官たちが、一斉に生身で立ち向かいます。かつて悪と恐怖に支配されていたゴッサムにバットマンの魂が目覚めた瞬間――この瞬間に思わず涙が出てしまいました。再び一騎打ちとなるバットマンとベインと共に、ベインの兵たちと戦う警官たち……誰かに守られるのではなく自分の力で悪と戦う魂の強さ、これこそバットマンが望んだゴッサムの救済だったのです。
人々が戦うことを身につけた後、ヒーローにできることは一つ。それは普通の人々にできないこと。人は空を飛べない、超スピードで橋やビルを飛び越えることはできない。二つの顔を持つことも、失うことも。そして何より、ヒーローでなければすべての人々を救うことはできない。だからブルース=バットマンは最後に自分にしかできない方法でゴッサムを救います。それは『ダークナイト』でジョーカーが言った「必要とされなければただのつまはじき者だ」という言葉を覆す、バットマンの存在証明。あの日古井戸に落ちたこと。救ってくれる両親を失ったこと。大富豪としての富、放浪と鍛錬。恐怖を乗り越えたこと。狂気と紙一重の正しさを生きること。ザ・バットが飛べることも自動操縦が使えなかったことも、そのどれもがこの瞬間のために必要だった、正しかった。そうでなくては救えなかった……そう思わなければ、こんな悲しい結末なんて救いになるわけないじゃないですか。
ヒーローとしてのバットマンに対しては、彼が信じた正しさをそのまま胸に刻み付けるしかありません。しかし人間ブルース・ウェインが選んだその運命に対しては、最後のアルフレッドの言葉そのままに胸が苦しくなります。あなたを救ってあげたかった。あなたに幸せが訪れてほしかった。だけど人々の救いがあなたの救いになるなら、受け入れるしかない。悲しくてしょうがないけど、ただ願うしかない。ブルース・ウェイン、あなたが絶望から這い上がってたどりついた出口が光に満ちていますようにと。そして確かにバットマンがいなくなった後のゴッサムの人々の姿は、その希望の光で満ちていると信じられます。そしてもしかして、もしかすると……バットマンという闇から光を手にしたのは、誰よりもブルース・ウェインその人なんじゃないかと。

観終わった後、どうしようもなく涙が出てきました。今もこれを書きながら思い出して時々泣けてきます。ブルース・ウェイン=バットマンという一人の人間がシリーズを通して深淵からついに這い上がったのを見届け終えたから、そしてこれで彼とはお別れだから。ノーラン監督の前作『インセプション』は深層意識にアイディアを植え付け(インセプション)するというストーリーでしたが、この『ダークナイト』シリーズもまたバットマンの生き様を心に植え付けるような映画だったと思います。そして伝説は語り終えられたときに、語られた人の心の中ではじまる。キリストの物語が2000年も語り継がれるように、この映画もこの先語り継がれると思います。映画という形をしたこの時代の新たな神話として。


以上で『ダークナイト ライジング』のレビューを終えます。
偉大なるクリスチャン・ベイル様、バットマンになってくれて本当にありがとう。私の心の中で貴方は今年の主演男優賞です。
これで完結してしまって、今は“アバター鬱”ならぬ“ダークナイト・ライジング鬱”です……アバター鬱のニュースを聞いたとき鼻で笑ってすみませんでした、今はその気持ちがよーくわかります。


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はじめまして。
私もこの映画がとても好きですが、レビューを読んではじめて泣いてしまいました。


この映画に限らず、するどく誠実な内容ばかりで、つい次々とぽちっとしては読んでしまっています。あまり影響を受けたくないので普段レビューはあまり読まないようにしているのですけど。。
ちなみに最初に検索してきたのは『キャビン』でした。自己言及の考察になるほど~~と膝をうちつつ、キャビンと同様おもしろくてげらげら笑いながら読みました。マーティ、いいですよね。半漁人のくだりも好きだったな~。

肝腎のダークナイトライジング以外のコメントが長くなってすみません。
またお邪魔させてください。
2013.12.02 22:34 | URL | とほ #JyN/eAqk [edit]
はじめまして、コメントいただきありがとうございます!

私もこの映画が好きすぎてついこんなレビューを書いてしまったのですが(笑)、ありがたいお言葉をいただき大変恐縮です。思い入れが強い映画ほど気持ち悪い語りに走りがちなダメブログですが、楽しんでいただければ、映画オタク冥利に尽きます!

『キャビン』もすごい映画ですよね、「ありがちなこと」を逆手にとって、ここまで奥行きの深い映画を作れるというのが驚きでした。単純に笑える面白さもマニアックで知的な遊び心もあって、さすが『アベンジャーズ』のジョス・ウェドンだなあと思いました。半魚人のエージェント、最後はおいしいところをさらっていきましたよね……

それでは拙いレビューばかりですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。これからも何卒よろしくお願いいたします。
2013.12.06 01:21 | URL | arnoldkillshot #JyN/eAqk [edit]


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