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『アニマル・キングダム(原題:Animal Kingdom)』

Posted by arnoldkillshot on 04.2012 映画タイトル:あ行 0 comments 0 trackback
人を食らう〝けだもの(Animal)〟の世界――人と自然の摂理の中で、力なき幼獣は居場所を見いだせるのか?


『アニマル・キングダム(原題:Animal Kingdom)』
2010年 オーストラリア
監督・脚本:デヴィッド・ミショッド
出演:ジェームズ・フレッシュヴィル、ジャッキー・ウィーヴァー、ベン・メンデルソーン、ジョエル・エドガートン、サリヴァン・ステイプルトン、ルーク・フォード、ガイ・ピアース 他

あらすじ:
ヘロインの過剰摂取で母が死に、17歳のジョシュア“ジェイ”・コディは疎遠になっていた祖母ジャニーン“スマーフ”の家に身を寄せる。祖母にはジョシュアの母の他に3人の息子がいるが、コディ家の全員が犯罪によって生計を立てていた――二男のクレイグ(サリヴァン・ステイプルトン)は麻薬の密売で大儲けし、三男のダレン(ルーク・フォード)は兄の強盗を手助けしていたが、かつて強盗で鳴らした長男の“ポープ(教皇)”ことアンドリュー(ベン・メンデルソーン)は警察の強盗特捜班に追われて身を隠していた。母ジャニーンはそんな息子たちの犯罪を黙認し、溺愛していた。環境を選べない子供であるジョシュアは、家の中ではどんな家族とも同じように陽気で親しげなコディ家に順応していき、ガールフレンドのニコールを家に呼ぶようになっていた。
しかし一家の犯罪稼業も今や落ちぶれていた。ポープのかつての相棒であり一家の親友であるバリー“バズ”(ジョエル・エドガートン)は密かにポープと落ち合い金を渡していたが、今が足の洗い時だとポープに告げる。まさにその時、バズはポープを狙っていた警察によって容赦なく射殺されてしまう。バズの死に悲しみ憤るコディ家は警察に報復を誓う……ジョシュアは車を盗むよう命令される、それが警官の殺害に使われるとは知らずに。警官殺しの容疑をかけられジョシュアとダレンは警察に連行され、レッキー巡査部長(ガイ・ピアース)の尋問を受ける。レッキーはまだ犯罪に染まっていないジョシュアに「居場所を見つけろ」と諭すが、一家は彼が裏切るのではないかと警戒し始める。そして彼のガールフレンドのニコールが何か漏らすのではないかと思ったポープはニコールを殺害、それを知ったジョシュアも狙い始める。ジョシュアは証人として警察の保護を求め、裁判が近づくが……
感想:
野生の動物の世界には善悪などなく、他を殺すことが生きるための手段となる――そんな獣の世界と人間を区別しようとする道徳がいかに脆いものか証明するかのように、曖昧な善悪の境界を簡単に乗り越え生きるために他者を食う人間が存在します。それがこの『アニマル・キングダム』の主役となるコディ一家です。まともな人々にとってそんな彼らはまさしく"けだもの(Animal)"と映るでしょう――そして彼らと距離を置き、自分の生活を守ろうとする。しかし主人公の少年ジョシュアにはそんな選択肢はなかった。母を失いコディ家に引き取られた彼は、彼らが犯罪で生計を立てていると知りながら順応するほかありません。そしてコディ家の人々も普通の家族と同じように、新たに家族の一員となった彼を温かく迎えます。
そう、彼らはなんら普通の家族と変わらないのです。どんな家族も生活のために、家族を守るために仕事をする。ただ彼らの家業が犯罪というだけ――長男“ポープ(教皇)”ことアンドリューはごく普通の外見のうちに凶暴さを隠し、二男クレイグは激高しやすい性格と愛嬌あるせわしない挙動が同居し、三男ダレンは元々ナイーブな性格であるがゆえに兄たちに従い、そんな息子たちの犯罪を容認し溺愛する母ジャニーン……彼らはみんな実に人間らしく、たとえ善悪の観念をしっかりと持った人が見ても彼らをただの犯罪者と切り捨てることはできないでしょう。特に母ジャニーンと長男ポープの存在感は強烈です。逆らい難い包容力とチャーミングな振る舞いのうちに、家族以外の人間を犠牲にすることをいとわない残酷さが見え隠れするジャニーンは、そのあだ名“スマーフ(Smurf)"があの水色の妖精のキャラクターの名前であると同時に「闇金の洗浄をする人」という意味を持つのと同様、恐るべき二面性を持っています。そしてポープは一見「近所のおじさん」のような外見ですが、その内にはまさしく獣の凶暴さを秘めています。親切そうな振る舞いを見せながらジョシュアの恋人ニコールに欲望を感じるなど、彼もまた母ジャニーンのように家族以外は獲物としか映らないのです。そんな彼のカリスマ性は強烈で、地味な外見をしていても彼がまさしく"百獣の王"であると感じさせる何かがあります。
反対に主人公ジョシュアは表情に乏しく、何を考えているのかわかりません。元々生活が破綻した母親を持っていたからこそコディ家に順応できたのでしょうが、それでも普通の人間なら「この家族はおかしい」とか「こんな連中とは一緒に暮らせない」と思うものなのに、彼はそんな動揺を見せるどころかガールフレンドまで犯罪者だらけの家に招待してしまいます。環境を選べなかったとはいえ、ジョシュアもまた善悪の観念にとらわれず生きるためには手段を選ばない"Animal"の魂を持った少年なのです。しかしこの獣は自分の力だけで生きていくにはまだ幼く、弱い。だから彼は自分の環境が破滅に向かっていくとき、真っ先に弱い存在として狙われることになります。

犯罪を生きる手段にするのは――人間共通の倫理観に守られていると信じている多くの人々の隙をついて奪えるものを奪って生きることは、地道に働いて生活を守るよりもある意味効率がいい生き方です。しかし彼らの弱肉強食の生き方が自然の摂理なら、「悪党は破滅する」のが人間社会の摂理……コディ一家も時代の変化の中で犯罪稼業は下火になり、着実に破滅に向かっていました。そんな中、一家の親友であったバズが警察に殺され、報復を誓う一家。警官を殺すためとは知らずジョシュアも片棒を担がされ、署に連行されます。そこで出会ったのがレッキー巡査部長。彼はまだ犯罪に手を染めていないジョシュアを有力な証人として利用しようとする一方で、彼の将来のためコディ一家から引き離したいと真剣に考えています。「居場所を見つけろ」――環境に流されるしかない弱いジョシュアに、レッキーは諭します。しかしまだ少年のジョシュアには自分で居場所を見つける強さはない。あの家以外に帰る場所はないのです。
そんなジョシュアにコディ一家は牙をむきます。バズが死んだ上に二男クレイグも殺され追い詰められた一家は、まだ若いジョシュアが弱点となると警戒し、彼の恋人ニコールを口封じに殺してしまいます。ジョシュアがそれに気づいて家を逃げ出すと、もはや彼は家族ではなく敵や獲物と同じ、狩るべき存在になります。家族以外の人間に見せる容赦のない凶暴さを、ジョシュアは身を以て知ることになります。そして牙をむいた獣の前では、人間社会のシステムや道徳など通用しない……獣の牙から守れない普通の社会も安全な「居場所」ではないと悟ったジョシュアは一家の元へ戻ります、心にある思惑を秘めながら。
警察と一家を行き来するジョシュアの本当の心は、誰にも見えない。裁判に向け警察は彼を保護し、一家は判決を覆すためジョシュアに答え方を教えます。彼は善と悪の境界を渡り歩くことで、自分を安全に守る術を身に着けたのです。しかし彼の心は本当はどちらに「居場所」を見出しているのか?それとも彼は生きるために心を殺してしまったのか?終始感情を見せないジョシュアですが、秘められた真意の答えはニコールが殺されてしまった時にはじめて見せた激しい悲しみにありました。一家の犯罪のせいで、そしてそこに身を置いていた自分のせいで唯一愛していた人を失ってしまった悲しみ、取り返しのつかない罪悪感に、彼の涙は爆発します。最悪の結果をもたらしてしまった絶望――それでも彼は死ねなかった、逃げるしかなかった。牙をむく獣も銃を向ける社会も退ける、自分だけの「居場所」を手に入れるまでは。いるべき場所に君臨し、やるべきことをなすまでは……
若さという弱さのうちに心を隠していた彼の真意が分かるラストは衝撃的です。警察の保護を受けながら裁判で一家の有利に傾くよう動いていた本当の目的。社会か一家か、彼がどちらに「居場所」を見出したのか、それとも……すべての答えが、ジョシュアが牙をむく最初で最後の瞬間に明かされます。弱者を食らう強者の弱点は、自らの弱点を知らないこと。そして弱者はそれに立ち向かう術がないために弱者となる。しかし生きる上で弱さを克服した若い獣は、死すべき獣の急所に牙を突き立てる……そしてコディ一家の本当の弱点は、家族の絆を信じきっていること。外の世界の善悪の観念を信じていない彼らは、家族だけを信じている。家の中にも敵がいると思いもせず……
最後にジョシュアのとった行動はむしろ、彼から「居場所」を奪ってしまったように思えます。しかし唯一の心のよりどころであったニコールをすでに失ってしまった彼には、もはや帰るべき場所など存在しなかったのかもしれません。それでも彼は絶望に足を止めず、生き続けて最後の選択をした……そして単純な善悪の観念も、社会の道徳も犯罪者の生き方も否定した自分だけの答えによって、心という自分の王国が正しいと判断できる自分だけの王座を手に入れることができた。それがその後彼にどんな結果をもたらすことになっても、彼はその選択の正しさを揺るがすことはないだろう――彼の最後の態度から、そう確信できる気がします。

私自身、善悪の観念や社会共通の倫理観というものに懐疑的な人間なので、この映画のコディ一家の在り方――信頼できる“うち”の人間以外の者はすべて獲物か敵でしかないという野生に近い生き方をしている彼らは、ある意味とても魅力的に映ります。しかしそんな彼らのような人間が牙を剥いたら……やはり自分も牙をむいて立ち向かうしかないのだと思います。社会も道徳も、自分を守ってくれるものは自分以外に何もない。"Animal Kingdom(獣の王国)"とはこの一家だけでなく、彼らのような人間が獣の本性をむき出しにして獲物となるを攻撃することが実際に起こるこの世界そのものなのです。コディ一家は、そして彼らから少なからずその生き方を学んで最後の決断をしたジョシュアは、誰も守ってくれないこの世界を生き抜くために必要な本当の強さを教えてくれます。

以上で『アニマル・キングダム』のレビューを終えます。
この映画でポープを演じたベン・メンデルソーンのファンになってしまいました。豪州のゲイリー・オールドマンって感じで素敵です……と思ったら『ダークナイト・ライジング』にも出ていて、これから目立った活躍が期待されるかも?

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