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『アメリカ、家族のいる風景』(原題:Don't Come Knocking)

Posted by arnoldkillshot on 30.2011 映画タイトル:あ行 0 comments 0 trackback
『パリ、テキサス』で組んだヴェンダースとサム・シェパードが、再び長いこと失われていた家族とのつながりを求める男の姿を描いた作品がこの『アメリカ、家族のいる風景』です。映画俳優として非現実のなかで生きてきた主人公ハワードが現実のつながりを取り戻していく過程をたどるなかで観ているわたしたちにも現実に力を与えられていくこの作品は、他のヴェンダース作品と同様、観終えた後に心のなかに大きなエネルギーを与えてくれます。


『アメリカ、家族のいる風景』(原題:Don't Come Knocking)
2005年 アメリカ、ドイツ
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:サム・シェパード
出演:サム・シェパード、ジェシカ・ラング、サラ・ポーリー、ガブリエル・マン、エヴァ・マリー・セイント、ティム・ロス 他

あらすじ:
西部劇のスター俳優ハワード・スペンス(サム・シェパード)は、映画の撮影中にカウボーイの衣装のまま行方をくらます。通りかかった砂漠の家で老人と服を交換し、現金もすべて下ろして彼は30年間帰っていなかった故郷のネバダへ向かう。そんな彼を、映画会社のエージェント・サター(ティム・ロス)は淡々と追い続ける。
母(エヴァ・マリー・セイント)と再会したハワード。長いこと帰ってこなかった息子の消息を彼の酒やドラッグや女のゴシップからしか知ることができなかった母との間には、暖かさの中にも距離があった。気晴らしに故郷のカジノへ行くも、そこでも問題を起こしてしまう。そんなとき母から、20年以上前にひとりの女性から彼の子供をみごもったという電話があったと聞かされたハワードは、モンタナでかつて愛したウェイトレスのドリーン(ジェシカ・ラング)を思い出し、まだ見ぬ家族を求めてモンタナへと旅立つ。
モンタナに着いたハワードはドリーンがつとめていたバーに赴くが、そこには彼をじっと見つめる若い女性・スカイ(サラ・ポーリー)の姿が。彼女は亡き母の骨壷を抱えながらハワードを見守り続ける。その夜、ドリーンの面影のある女性を追ってバーを訪れたハワードは彼女とついに再会する。そして、そのバーで歌っている青年アール(ガブリエル・マン)が彼女とハワードの息子であると告げる。店の外でアールと対面したハワードだったが、つっかかってきた彼に対して思いがけず自分が彼の父親であると告げてしまう。
かつて愛した女性ドリーン、彼を激しく拒絶する息子アール、そして彼らを見守るスカイ。ハワードはかつて逃げ出した家族とのつながりを再び取り戻すことができるのか…

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埴谷雄高『死霊』第4章より

Posted by arnoldkillshot on 28.2011 本の紹介 0 comments 0 trackback
埴谷雄高『死霊』第4章より引用です。長い部分なのでところどころ省略して紹介します。

*********

――いまいわれた理由は、二つとも、陋劣です。
――陋劣ですって……?
――そう、指をしゃぶりはじめるぐらいまで成長した赤ん坊はみな陋劣になっているといって好いと、僕は思ってます。
――そんな赤ちゃんが……どうして陋劣なのでしょう?
――それは貴方もこころの何処かで気づいてる筈です。おむつを換えられるまで泣きやまない赤ん坊は、もはやその要求が何処ではたされるか知ってるんです。まだ赤ん坊のときから、こうした習慣に僕達はどれほど慣らされてきたことだろう。それは僕達に一つの愚かしい自己瞞着の生きどまりを教える。たとえ無意識理にせよ、欲望がそこではたされる一つの傲慢な行きどまりを教えるんです。そうだ。すると、そこに起るのはもはやたしかに陋劣に繰り返される種類の欲望ですよ。僕は風車をまわしてみせる玩具を前にして寝ている赤ん坊を見ていたことがあるが、その赤ん坊はその眼で……まだ顔も廻せないほどの幼さなのに、その眼を微妙に動かして、風車を廻してみせろと要求するんです。もしそうしなかったら、どうだろう。やがては手足を振って泣き出すにきまってるのです。そして、その泣き方はもはや違っている……それは、陋劣な泣き方です。
――いえ、その赤ちゃんは淋しいのです。
――いや、淋しいのはそれよりずっと前だったのです。指をしゃぶって、手足を動かすことを知りはじめた赤ん坊は、もはや知ってしまったのですよ。おむつは換えられ、乳は与えられるということを。そして――それから風車は廻されなければならないんです。

…………

――そうでしょうか。僕に言わせれば、ほんとうは……母親はより陋劣です。
 と、三輪与志は暗くつけ加えた。
――母親が……?
――そう、母親が、です。
――いいえ与志さん、それは間違ってますわ。
――いや、母親はいったい貴方が云ったとおりにするものだろうか、それは逆です。
――逆って、何が逆なのですの?
――その顔を眺めて、抱き上げ、そして泣かせないようにすること。
――いいえ、与志さん、それはあらゆる母親がしてきたことです!
 と、相手の肩へ手をかけているのも忘れてしまったふうに尾木恒子は叫んだ。三輪与志の肩はゆらりと揺れた。
――いや、それは……貴方のようなまだ母親になっていないものだけが、やってきたことです。そうです。僕は疑う。ひとたび母親になればどうしてあのような冷酷な眼になれるだろうかと。そのことは……ひとの子をひとりの母親の傍らで泣かせてみれば、すぐ解るものです。もしそばに誰もいなければ、決してあやしてみせもしないのです。もし真に心底から冷酷な眼があるとすれば、ひとの赤ん坊が泣いている傍らにいるひとりの母親の眼だろうと、僕は信じているくらいです。そうですよ。もし貴方がそのままのかたちで母親になれたら……そうすれば、すべてが貴方の云った通りになれるでしょう。だが、ひとりの母親がその泣き声で飛び立つのは、実際は、自身の赤ん坊だけにかぎられている。そして……指をしゃぶって泣いている赤ん坊は、同じ感触、同じ手つき、同じあやし声でおむつを換えられ、抱きあげられ、そして、この世の陋劣に慣らされてしまうのです。

…………

――おお、思いちがえてはいけない。僕は赤ん坊をきらっているんではないんです。
 と、三輪与志は執拗に問いつづける尾木恒子を遮った。
――僕の前にひとりの赤ん坊がいる。それはまだ生れたばかりで目も見えずその手足も十分に動かせないでいるひとりの赤ん坊だ。それは数億年向うにある恒星とすっかり同じように凝っとしている。そうなのです。僕がいうのは、母親のあやし方に慣れてこの世の陋劣な何かを知ってしまった赤ん坊ではないんです。そうではない。それは、そこに横たわって自身のなかに凝っとしている。そして、そんな赤ん坊が……泣きはじめるんです。それは味わいつくされねばならない。
――与志さん、もういちど聞きますけれど……何故?
――それが唯一の起動力だから。
 寄せ合った魂と魂とでひっそり囁きあっているように三輪与志はつづけた。
――ときどき僕はこう考える。神は六日間でこの世界を見事にこしらえてしまったが、何処かに非常に間のぬけただらしのない神がひとりいて、何もないところから何かをこしらえあげようと自分なりの仕事にとりかかったのですね。そして、彼は彼なりに非常な果てもないほどの努力をはらったが、さっぱり何も出来上ってこないんです。だが、彼はとにかく無いところから創りだすという方式をどうしても捨てなかった。どんなに苦しくなっても、何処からか出来合いのものをもってこようとしなかったのですね。彼は苦しかった。どうにも持ちきれぬほど苦しかった。そして、彼は、或る日、緑の園のなかをさまよっているとき、一つの泣き声を聞いたんですよ。彼はその場に立ち止ってしまった。そこに根を生やして動かぬほどじっと立ちどまってしまったんです。解りますか。そのとき、聞えてきたのは、一つの赤ん坊の泣き声だったんです。まだ生れたばかりでまだ手足も動かせない一つのものの物悲しい泣き声が、ね。彼はその場にとまっていた。恐らくどのくらいの時間がたったか解らない。神の国の話だから、僕達の数億年はそこでは一秒にも足りないのでしょう。すると、彼はやがて何かを決意した物悲しい顔をして……やはりあの勤勉な神と同じように粘土をとってきたのですよ。ただ異っているところはその粘土で最初からひとのかたちをこねあげたのではなかった。彼はその粘土を大きく延ばすと、その真んなかにその赤ん坊の泣き声を封じこんで、いきなりまるめてしまったんです。恐らく彼はそうするより仕方がなかった。それ以外の何がこのだらしない神に出来たろう。僕にはそれが解る。そして、彼がその粘土を前にしてぼそぼそかきくどいていたことまではっきり解るような気がするんです。恐らく彼は苦しげに息をきらしてこう云ったのだろう。その泣きあげる力だけで……生と存在の重さを量れ、と。
 底もない深淵の奥から湧きのぼるような深い溜息が、不意と真近かから聞えた。
 尾木恒子は息切れするように苦しそうに囁いた。
――そして、それから……?
――それから……いまだに泣きつづけているんです。

*********

生まれたばかりの赤ん坊の泣き声って、どこかとても絶望的な響きがありますよね。人間はいつしか母親の手によって世の中に慣らされて、それを忘れてしまうんですね。行きつく先は果てもない厚顔無恥と自己欺瞞。人間はそこから目を覚ますことができるんでしょうか。

Union Of Knives-Operated On

Posted by arnoldkillshot on 28.2011 洋楽歌詞和訳 1 comments 0 trackback
グラスゴー出身のUnion Of Knivesというバンドのアルバム"Violence And Birdsong"から、二曲目の"Operated On"を紹介します。歌詞は日本語版CDの歌詞から翻訳しました。一時期、この曲ばかりリピートして聞き続けていたことがあります。

Union Of Knives-Operated On

Union of knives - operated on (live) 投稿者 Fa_Sol

Crushed big black love I got something from below or above
壊れた巨大な黒い愛の塊 空からも地下からもやってきたナニカ

In between the ever after air tight dream I fly
過去と未来の空のはざまで 硬質な夢を飛翔する 

Backwards faster than a ripped cotton seem I got to
後方へ加速 一切れのガーゼより速く 僕は、なる


D'you want everyone to know the way you know
自分のやりかたを理解しててほしい?

D'you want everyone to share your only hope
たったひとつの願いを皆と分かち合いたい?

If I try to make your mind I make a fuss
君の代わりに決断なんて 僕はごめんだ

Can we operate upon the both of us
僕達は自分自身をコントロールできるか?


So what you got to do today but find a new
予定なんかどうでもいい 新しいことやれよ

something to say repeat after always after
言うべきことを何度も何度も繰り返して

Whoever there may be I don't mean to disappoint
そこにいるのが誰であれ 失望させやしないさ


No More of this tease get to the sharp point please
これ以上じらさないで 核心を言ってくれ

The headline all in good time is it okay to say what I
古き良き時代の文句も悪くないけどさ

Now should I wait for hhh to stop the red light
それとも赤信号で止まって 「えーっと」を待つかい


Full on end smashed up cooking on the tarmac eggs for brains or scrambled up witch hunt
みんなメチャクチャ コンクリートの卵で賢い奴らに食われるか パニクった魔女狩り騒ぎがオチ

Can't I continue all of you each one say this separate toghether
ずっと一緒にはいられない だから言えよ みんな別の道を行こう

C'mon try or stop trying so hard it hurts and go back further no further
さあやれよ やりすぎるのをやめたっていい 痛みはさらにぶり返す これ以上ないってくらい

No don't stop trying if I say I forget faster than the second the second
いや、諦めちゃいけない 一秒より早く忘れるとしても そう一秒

The second I remenber it
一秒だ 忘れられるもんか


D'you want everyone to know the way you know
自分のやりかたを理解しててほしい?

D'you want everyone to share your only hope
たったひとつの願いを皆と分かち合いたい?

If I try to make your mind I make a fuss
君の代わりに決断なんて 僕はごめんだ

Can we operate upon the both of us
僕達は自分自身をコントロールできるか?


Union Of Knivesは現在はもう解散してしまいましたが、Song Of Returnというバンドで復活し5月にアルバムをリリースするようです。公式サイトで楽曲も聴けますが、Union OfKnivesよりさらにダークに激しくなってロックの要素が強くなったような気がします。公式サイトで聴ける中では、"Black Sail"という曲が個人的には一番好きです。"Violence And Birdsong"の曲の中では、この"Operated On"の方向性が強くなったような印象を受けました。Song Of Return、これからの活動が楽しみです。


I Love You But I've Chosen Darkness-Accoding to plan

Posted by arnoldkillshot on 27.2011 洋楽歌詞和訳 0 comments 0 trackback
I Love You But I've Chosen Darkness。これがバンド名です。すごい名前ですね。
テキサス出身のポストパンク・リバイバルのバンドなのですが、彼らの今のところ唯一のアルバム"Fear Is On Our Side"から"Accoding to plan"という曲を紹介します。歌詞はこちらから。

I Love You But I've Chosen Darkness-Accoding to plan

Hang on the falling edge of the reason
崩れかける理性のへりにしがみついて

Everyone is upside-down and inside-out
誰もが昇っては降り 出ては入ったり

Your bed is missing, the keys are gone.
君のベッドは行方不明 鍵も失くしてしまった

In a perfect world,
完璧な世界では

The perfect place is with you.
君がいればそこが完璧な場所


Under delicate breath...
壊れそうな呼吸の下で…

In a perfect world, where perfect place is with you
完璧な世界では、君がいれば何もいらないのに

The truth is, the world is without love,
本当は、この世に愛なんて無いのさ

In a perfect world, the perfect place is with you
完璧な世界では 君がいればそこが完璧な場所

The truth is, the world is without love.
だけど本当は、この世に愛など無いんだ


In a perfect world, where perfect place is with you
完璧な世界では、君がいれば何もいらないのに

The truth is, the world is without love,
本当は、この世に愛なんて無いのさ

In a perfect world, the perfect place is with you
完璧な世界では 君がいればそこが完璧な場所

The truth is, the world is without love.
だけど本当は、この世に愛など無いんだ




『リリス』(原題:Lilith)

Posted by arnoldkillshot on 26.2011 映画タイトル:ら行 0 comments 0 trackback
今から50年も前に作られたこの『リリス』という作品が、こんなにも深く人の心の奥底の本質を描いていたというのは、本当に凄いことだと思います。主人公が魅せられるリリスという女性は、幻想と自然、無邪気さと魔性をその内に抱く、抗いがたい魅力を持った女性です。それは神話のリリスという夜の魔女あるいは女神と同じく、人の心を暗い部分へ惹きつける強烈な魔性です。この映画を見るわたしたちも、主人公と同じく彼女の魅力に引き込まれ、そして彼と同じく自らの深淵をのぞきこむことになるのです。


『リリス』(原題:Lilith)
1964年 アメリカ
監督・脚本・製作:ロバート・ロッセン
出演:ウォーレン・ベイティ、ジーン・セバーグ、ピーター・フォンダ 他

あらすじ:
戦争から故郷へ帰ってきたヴィンセント(ウォーレン・ベイティ)は、精神病院で作業療法士として働き始める。その開かれた雰囲気の施設で患者は自由にふるまっていたが、その中でもヴィンセントは妖精的な無邪気さと妖艶さを持つリリス(ジーン・セバーグ)という女性患者に惹かれる。ある日患者たちを連れて緑豊かな渓谷へ出かけたヴィンセントだったが、そこでリリスは自分に恋している患者スティーヴン(ピーター・フォンダ)に、わざと自分の絵筆を落として急な岩場を降りて行かせ、危うく殺しかける。リリスをとがめるヴィンセントだったが、それでも彼女に惹かれていく。彼女もまたヴィンセントに好意を抱き病状がよくなっていき、それをよしとした医師たちも彼をリリスに付かせる。サイクリングを共にしたり、リリスの部屋で彼女の世界観に触れていくうち、ヴィンセントは彼女の魅力の虜になっていく。しかし一方、彼女の存在が彼の暗い過去を蘇らせていく…
ある日ヴィンセントはリリスを連れて祭りに出かける。ヴィンセントはそこの馬上槍の大会で優勝したのち、ついにリリスに愛を告げ、結ばれる。だが男女問わず人を魅了しそれを受け入れるリリスに、ヴィンセントは嫉妬と暗い思いを募らせていく。

ドストエフスキー『地下室の手記(Записки из подполья)』(江川卓 訳)より

Posted by arnoldkillshot on 24.2011 本の紹介 0 comments 0 trackback
ドストエフスキーの『地下室の手記』(翻訳:江川卓)より引用です。(長いので一部改行してまとめてみました)

********

…そこで諸君に聞きたいが、こういう奇妙な特質を生れながらに持ち合わせた動物である人間から、いったい何が期待できるものだろうか?ひとつこうした人間にあらゆる地上の幸福を浴びせかけ、幸福の中に頭からすっぽり沈めてしまって、ちょうど水面と同じに、ちっぽけな泡だけがわずかに幸福の表面に浮かびあがるというようにしてみたまえ、また人間に十二分の経済的満足を与えて、眠ることと、はっか入りの蜜菓子を食べることと、世界史が断絶しないように気をくばること以外には、文字通り、何もすることがないようにしてみたまえ。それでもなおかつ人間というやつは、ただもう恩知らずの気持から、中傷根性から、汚らわしいことをしでかすものなのだ。蜜菓子を棒にふる危険を冒してまで、わざわざ身のためにならぬたわごとを、およそ非経済的なナンセンスを求めるわけで、それもただただ、そうしたけっこうずくめの合理主義に、破壊的な幻想の要素を混じようためだけなのである。
ところで人間が、そんな突拍子もない夢想やら、あさましいばかりの愚劣さに必死でとりすがるのも、ただただ、人間がいまだに人間であって、ピアノの鍵盤ではないことを、自分で自分に納得させたい(まるでそれが絶対不可欠事ででもあるように)、そのためだけにほかならないのだ。なるほどこの鍵盤をたたくのは自然の法則おんみずからにはちがいないが、へたに叩きすぎをやられると、カレンダーなしには何一つ欲求することもできなくなる恐れがあるのである。
いや、まだまだある。人間がほんとうにピアノの鍵盤であったとしても、それが自然科学によって数学的に説明された場合でさえ、人間はそれでも正気に返ることができず、わざとすねてみせるにちがいない。そしてこれが、やはり恩知らずの気持からだけであり、つまりは自我を主張したいためばかりなのだ。もしもそのために適切な手段がないとなれば、破壊や混乱を考えだし、さまざまな苦痛を案出してまでも、なおかつ自我を主張するだろう!世界を呪うことだってやりかねない。
ところで呪うことができるのは人間だけだから、(これは他の動物と人間をもっともはっきりと区別する人間だけの特徴である)、どうやら、人間は呪っているだけでも目的を達することができる勘定になる。つまり、自分が人間であって、ピアノの鍵盤ではないことを、ほんとうに得心できるわけなのだ!もっとも、諸君はこう言うかもしれない、――混乱だろうと、暗黒だろうと、そんなものはすべて例の一覧表によって計算できるから、そうした推計の可能性ひとつだけでも、すべてを未然に押しとどめ、理性の勝利がもたらされる、と。だが、そうなったら人間は、わざと狂人になってでも、理性をふり捨て、自我を押し通すだけの話である!ぼくはこのことを信じている。請け合ってもいい。なぜといって、人間のしてきたことといえば、ただひとつ、人間がたえず自分に向って、自分は人間であって、たんなるピンではないぞ、と証明してきたし、たとえ穴居生活におちこんでも、やはり証明してきたのだ。してみれば、そんな表などまだ存在していない。恣欲はまだいまのところ、何に左右されるかわけもわからない代物だと、口から出まかせの主張をしていけない理由があるだろうか……
諸君はぼくに向かってこう叫ぶだろう、(もちろん、ぼくを叫ぶに値するだけのものと認めてくれたらの話だが)、何もきみの意志を奪おうなどとはだれも言っていやしない、ただなんとかして、きみの意志が自分からすすんで、つまり自発的な意志で、きみの正常な利益や、自然の法則や、算術と合致できるようにしてやりたいと心配してやっているだけだ、と。
<いや、諸君、問題が一覧表だの、算術だのというところまで行ってしまって、二二が四だけが幅を利かすようになったら、もう自分の意思も糞もないじゃないか?二掛ける二は、ぼくの意志なんかなくたって、やはり四だ。自分の意志がそんなものであってたまるものか!>

*********

主人公の地下生活者のひねくれた言葉ひとつひとつにうんうんと頷かされてしまうのですが、その中でも特にこの部分が好きです。何不自由ない満たされた生活が与えられたとしても、人間が人間であってものではないということを証明したいがためだけに理屈に合わないことをしてしまう、というこの言葉、すごく理解できます。


『リービング・ラスベガス』(原題:Leaving Las Vegas)

Posted by arnoldkillshot on 24.2011 映画タイトル:ら行 0 comments 0 trackback
アル中の男と娼婦の愛―娼婦は彼の酒びたりを許し、男も彼女が他の男に体を売ることを受け入れる―そこには汚れきった堕落しか見出せないのでしょうか?この『リービング・ラスベガス』は、その一見救いようのない二人の愛の中に、神聖ですらある純粋さを見出させます。それは互いを愛するためだけの愛であり、生命すらその前では力をなくすほどの純粋な愛です。傷つき汚れきった二人の中にそんな純粋さが見出せるとは誰も思えないでしょう。しかし確かに、彼らの汚辱と苦しみの最果てにこそ究極に純粋な愛が存在しうるのだと、この映画は教えてくれます。


『リービング・ラスベガス』(原題:Leaving Las Vegas)
1995年 アメリカ
監督・脚本・音楽:マイク・フィギス
原作:ジョン・オブライエン
出演:ニコラス・ケイジ、エリザベス・シュー、ジュリアン・サンズ

あらすじ:
アルコール中毒の脚本家ベン(ニコラス・ケイジ)は、金をすべて酒につぎ込んでは女を口説いたり店でトラブルを起こしてばかりで、アルコールが切れるとひどい禁断症状で意識さえ保てない有様だった。そんな彼はついに映画会社をクビになる。昔の脚本、家族の写真、持ち物すべてを処分してハリウッドを去ったベンは、ラスベガスで死ぬまで酒を飲むことにする。
一方、娼婦セーラ(エリザベス・シュー)は男たちの相手をし、愛人でもある売春の元締のユリ(ジュリアン・サンズ)に稼ぎを巻き上げられる生活に疲れ切っていた。そんな彼女に声をかけたのがベンであった。彼は自分のモーテルの部屋に彼女を連れ込むが、セックスの代わりにただそばにいて話をしたいと頼む。ベッドで寄り添い、酒を飲みながら語り合う一夜に二人は束の間の安らぎを得る。
そんなとき、自分の命が狙われていると悟ったユリは、セーラにもう二度と会わないと告げる。行く場所をなくしたセーラはベンの姿を求める。そして再び出会った二人はたがいに惹かれあうのを感じ、ついにベンはセーラの家で二人で暮らすことになる。ベンが酒を飲み騒ぎを起こすのをセーラは許し、セーラが金のために他の男と寝るのをベンは許しながら。
しかしベンは食事すらろくにできないほどやつれ、酒が切れればひどい禁断症状に襲われる。セーラはそんな彼のためにカジノや砂漠の雰囲気のいいモーテルへと連れ出すが、どこへ行っても騒ぎを起こすベンのために最後は追い払われてしまう。「死ぬまで飲み続ける」ことを止められないベンの癒しがたい苦しみを支えるためにセーラは体を売り続けるが、二人の破滅的な愛は彼らをさらに追い詰めていく…

埴谷雄高『死霊』 第一章より

Posted by arnoldkillshot on 20.2011 本の紹介 0 comments 0 trackback
埴谷雄高『死霊』の第一章からの引用です。以下は登場人物の一人・首猛夫のセリフの一部なのですが、長いので見やすいように改行してあります。

*********

――この世に人間しかいない!それは明白単純だ。だが、出来れば――呪文のように日に一度はそうとなえてみるべきですよ。何故って……神秘的な事物や僕たちの振れ得ざる法則が、何処かの中空にぶら下がっていると、僕達は忽ち考えたがるんですからね。ところで、勿論、哀れな裏長屋から官邸に至るまで――赤ん坊と生まれてはじめて目を見開いた代物しかいやしないんです。僕が手ぶらで入ってゆくと――鹿爪らしく、厳しげに、また、哀れっぽく眺めているが、蟇のように頭を擡げてぐっと睨めば、睨み返すか、それとも、伏目になるかそのどちらかだ。あっは!この世に人間しかいない――これこそ、三年かかる仕事を僕が三日でやってのけられる理由です。
ふむ、僕は矢場と並んで闇の前に立っていたとき、このことをはっきり悟ったのだ。そしてそのためには、まず、眼をぐっと見開いた睨みを収斂しなければならないんです。森の小道や叢を丹念に覗き歩けば、必ず二三匹の蛇に出会えるが――鎌首をもたげて凝っと眺めている相手と、まあ、少なくとも五分間はにらみ合う必要がある。おお、決して伏目になってはならないんですよ。そして、有無をいわせぬ応用、つまり、強者の視線を会得出来れば――ちょっ!相手の視線に触れると、内気に俯向く小娘など、三日でやれることを三年もほっておく奴らに任せておけばよいと、心から納得出来る筈です。
だが、はじめから鎌首を垂れてするすると逃げ出しかける相手には――まあ、こんなふうに閉めかけた扉へ素早く片足を差し挟んでおく。閉めかけた胸の扉へちょっと風を通すんです。相手の心へ絶えず片足かけておくこの方法は、ところで、その維持がなかなか難しい。というのは、相手がこちらへ懐く嫌悪感――おお、それは必ず懐かれるし、また、懐かせねばならないんですがね、その嫌悪感を一定にとどめておくけじめが難しいということなんです。つまり、そのけじめを超えて、憤怒させたり、或いは逆に、妙な優越感を持たせたりすれば、忽ちこちらの足が挫かれるんですからね。だが、疼く程度の嫌悪感を保たせ得たら――占めたものだ。嫌悪するが故に、新たな嫌悪を容認するといった奇妙な事態が生じて……僕は行き過ぎなど顧慮せず、差し込んだ片足の範囲を広げてゆけるんです。この二つの行動方法を適用して――僕は何処へでも、まあ、たとえ泥足がはばかられる宮殿へでも、入ってゆくという訳です。尤も、絶えず嫌われながらね。……

*********


このくらいの強引さがないと生きていけないぞ、という自分への戒めのために。


Neil Innes-Godfrey Daniel

Posted by arnoldkillshot on 18.2011 洋楽歌詞和訳 0 comments 0 trackback
ニール・イネスは日本ではマイナーですが、イギリスではコミックソングのミュージシャンとしてよく知られています。モンティ・パイソンのエリック・アイドルと"The Rutland Weekend Television"という番組に出演して、あのビートルズのバロディバンドThe Rutlesを結成しましたが、これは映画にもなりました。もしかしたらBonzo Dog Doo-Dah Bandやソロの彼よりもThe Rutlesの彼のほうが日本では有名かもしれません。
そんなニール・イネスのソロの曲から”Godfrey Daniel"を紹介します。歌詞はこちらからお借りしました。


Neil Innes-Godfrey Daniel

A million miles from the old routine
日常から遠く離れて

A midnight candle burned
キャンドルの灯も消えた真夜中

I believe in believing I'm deeply concerned
どこまでも自分のせいだと信じたがっている僕

Walking down the runway Through the pouring rain
降りしきる雨の中 滑走路を歩いていく

Stretching out my arms like A supersonic pla-y-yane
超音速のヒコーキのように 両手をぴんと伸ばして

Godfrey Daniel
ゴドフリー・ダニエル

He ain't done nothing wrong
あいつは何も悪いことはしちゃいない

Let him go back to Ohio
帰してやろう オハイオへ

Or wherever he belong
彼の居るべき場所へ


If all the trees were candles
もしも木がみんなロウソクなら

And who's to say they're not
誰かがそれを否定しても

The world would be a birthday cake
世界はひとつのバースデイケーキで

And we could eat the lot
お腹いっぱい食べてもいいはずなのに

But too many cooks can spoil the broth
「料理人が多すぎてはスープがダメになる」し

And a stitch in time saves nine
「今日の一針、明日の十針」とか

A bird in the hand is worth two in the bush
「手の中の一羽は藪の中の2羽に等しい」と人は言う

And I'll never change my mind
でも僕の気は変わらない

Godfrey Daniel
ゴドフリー・ダニエル

He ain't done nothing wrong
あいつは何も悪くなかった

Let him go back to Ohio
帰してやろう、オハイオへ

Or wherever he belong
彼のいるべき場所へ


A tightrope walker has a balanced mind As well as arms and legs
綱渡り師は手足と同じく 心のバランスを保てるけど

But why do chickens cross the road Not to mention layin' eggs
だけどニワトリが道を渡るなら 卵を使うほかないだろ

I guess I'll never know
ぼくは答えを知ることも

Or truly understand
理解することもないだろう

Anyhow its not just doorknobs That come off in your hand
とにかく握った拍子に取れたのは ドアノブだけじゃなかった訳さ

Godfrey Daniel
ゴドフリー・ダニエル

He ain't done nothing wrong
あいつは悪いことはしちゃいない

Let him go back to Ohio
帰してやろう、オハイオへ

Or wherever he belong
どこか彼のいるべき場所へ

Godfrey Daniel
ゴドフリー・ダニエル

He ain't done nothing wrong
あいつは何も悪くなかったんだ

Let him go back to Ohio
帰しておやりよ、オハイオへ

Or wherever he belong.
彼が帰るべき場所へ


皮肉と滑稽さが混じったニールらしい歌詞ですが、この歌詞とどこか悲しげな曲からは、不器用でどこか足りないけど純粋な心を持った男が、心のないせわしい世の中で傷つけられてしまったという物語のイメージがわいてきます。そのイメージはニールの"How Sweet To Be An Idiot"ともつながるところがあるような気がしますが、彼の曲にはいつも傷つけられた純粋さと傷つけた世の中の滑稽さに対する皮肉が存在していると思います。童謡のように歌いやすく楽しい曲と、皮肉とユーモアが混ざったコミカルな歌詞、そんなニールの曲は冗談のようだけれど心に響く真実味があります。


エルトン・ジョンの”Daniel"という曲があるので、おそらくこのビデオは彼のパロディなんだと思います(眼鏡とか服装、それにピアノとか…)。画面右下のギャラのメーターが上がっていくところなんかモンティ・パイソン的な辛辣さを感じさせます。このビデオも滑稽だけどどこか切ない美しさのあるビデオですね。


『ボディ・スナッチャーズ』(Body Snatchers:The Invasion Continues)

Posted by arnoldkillshot on 17.2011 ホラー 1 comments 0 trackback
これまでに4度映画化されているジャック・フィニィの原作『盗まれた街』の3度目の映画化がこの1993年の『ボディ・スナッチャーズ』です。他の映画化は見ていないのでなかなか判断はできませんが、この『ボディ・スナッチャーズ』では主人公の少女の視点から描かれている点が特徴であると考えられます。子供の目から身近な社会が非人間的な侵略者に侵食されていくようすが描かれ、やがてそれが家族にも忍び寄ってきます。そしてその侵略者の集団に取り囲まれ個としての人間が絶体絶命になったとき、私自身としての人間性が試されるのです。


『ボディ・スナッチャーズ』(Body Snatchers:The Invasion Continues)
1993年 アメリカ
監督:アベル・フェラーラ
製作:ロバート・H・ソロ
脚本:スチュアート・ゴードン、デニス・パオリ、ニコラス・セント・ジョン
出演:ガブリエル・アンウォー、メグ・ティリー、フォレスト・ウィテカー 他

あらすじ:
化学者である父の仕事で軍事基地のある町へ家族とともに引っ越してきた少女マーティ(ガブリエル・アンウォー)。彼女は若い継母(メグ・ティリー)や小さい弟アンディ、そしてまだ未成年である彼女を心配している父にわずらわしさと愛情の入り混じった複雑な感情を抱いていた。町に着いた彼女は、ガソリンスタンドのトイレに隠れていた一人の軍人にナイフを向けられる。襲われると思った彼女だったが、軍人は謎の警告を発する。「眠っているうちにやつらがそ襲ってくる」しかしマーティは聞き入れず、その場から逃げだす。
引っ越してきた町で家族は新しい生活を始め、マーティもジェンという友人を作るが、その町はどこか不可解だった。軍人や町の人は異様なほど無感動で、弟アンディの通い始めた保育園では彼を除くすべての子供が同じ絵を描き、また軍医のコリンズ少佐(フォレスト・ウィテカー)は父に役人の人体への影響を尋ねる…そんな中マーティはアンディを家に送り届けてくれたパイロットの青年ティムといい仲になる。
ある夜、アンディが母のもとへ行くと、ベッドの中で母が死体となっているのを見つける。しかし崩れ落ちる死体の後ろでもう一人の母の姿が…おびえるアンディは「ママは死んだ」と家族に訴えるが、変わらない姿でいる母の姿を見て、誰も信じない。しかし母にすり替わった〝何者か”の侵略はマーティたちにも忍び寄っていた…

Rick Wright-Night Of A Thousand Furry Toys

Posted by arnoldkillshot on 14.2011 洋楽歌詞和訳 0 comments 0 trackback
Pink Floydのキーボーディスト、リック・ライトの2枚目のソロアルバム〝Broken China"から”Night Of A Thousand Furry Toys"を紹介します。
アルバム全体にわたって彼が愛したジャズのテイストと彼らしい空間的な音響が相まって静謐なサウンドを作り出しています。当時50代で、ロックの歴史の初期から活躍していた人物なのに決して古臭くなく、どこかNine Inch Nailsのトレント・レズナーのインダストリアルミュージックを思わる現代的なサウンドです。


Rick Wright-Night Of A Thousand Furry Toys



Now you feel it, a shiver and you begin
戦慄を覚えたその瞬間

Frozen breath that scrapes across the skin
凍てつく呼吸を 皮膚に駆け巡らせる

And a sound you've never heard before, you screaming
聞いたこともない凄まじい音――それはきみの叫び声

Welcome to the world of random noise
ようこそ 混沌のノイズが支配する世界へ

Where you simply haven't got a choice
そこではわずかな選択肢も存在しない

When they push your levers and pull your strings
レバーを押され 糸が引かれたら

It's another world, it's a better world that we bring
そこは別世界、私たちの素晴らしい世界


Here you are on the planet of hot and cold
いまきみは 熱と冷気の惑星に堕とされた

Where you'll do as exactly as you're told
言われた通りに操られる世界に


In a world of a 1000 furry toys
1000のぬいぐるみが支配する世界では

You can hear the screams of little girls and boys
幼子たちの叫びが聞こえる

It's a charming noise
それは愛すべき悲鳴

If you really want that kind of thing, mama
それを心から求める限り、ママ

Now you feel it, a shiver and you've begun
その身に感じるだろう、慄きを そしてきみは

When they pull those strings how you'll start to run!
糸が引かれたそのとき きみ自身のやり方で走り出す!

And there's no stepping off or stepping down
立ち止まることも 速度を緩めることも許されずに


It's another world and it's a better world,
そこはまったく別の、完璧な世界

That's what we have found
それが私たちの見出した世界


ビデオも歌詞の通り人間の誕生を描いていますが、この世に生まれてくるということがただ祝福されるばかりのことではなく、ぞっとするような戦慄と苦痛が始まるということを示している、意味深長なビデオです。当時のリック本人が出演しているのも見どころ。


『ブラック・スワン』(原題:Black Swan)

Posted by arnoldkillshot on 12.2011 映画タイトル:は行 2 comments 0 trackback
初日で『ブラック・スワン』を観てきました。
清純な白鳥の側面と邪悪な黒鳥の側面に引き裂かれながら、それらを併せ持つ真の白鳥の女王になろうとする主人公ニナを体現したナタリー・ポートマンの演技とバレエはとても素晴らしく、美しさとリアルな表現で観客と彼女の役柄との境界を取り払ってしまいます。そしてダーレン・アロノフスキー監督の共通のテーマである”限界の超越”を二つの側面の心理的な葛藤によって描ききったストーリーにもとても惹きこまれます。
詳しいレビューは続きからどうぞ。



『ブラック・スワン』(原題:Black Swan)
監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本: マーク・ヘイマン 、アンドレス・ハインツ、ジョン・マクラフリン
出演:ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー

あらすじ:
ニューヨーク・シティ・バレエ団の優秀なダンサー・ニナ(ナタリー・ポートマン)は同じくバレリーナであった母(バーバラ・ハーシー)に支えられながら日々過酷な稽古に励んでいた。そんなとき演出家のトマ・ルロワ(ヴァンサン・カッセル)は、『白鳥の湖』を上演するにあたって、引退を控えたプリマのベス(ウィノナ・ライダー)に代わる主役を新人から抜擢するためのオーディションを行うと告げる。オーディションでニナは白鳥の女王役は完ぺきに踊りこなすが、清楚な彼女は邪悪な黒鳥をうまく演じられず、さらにその最中に遅れてやってきた新入りのダンサー・リリー(ミラ・クニス)に気を取られ失敗してしまう。何としても役を得たいニナはルロワを説得しに行くが、かなわず役を逃したと思い込む。しかし思いのほか主役はニナに決定する。
公演に向けて稽古が始まる。ルロワは黒鳥の役をうまく表現できないニナを指導と誘惑によって殻を破らせようとするが、ニナは黒鳥を演じきれないことに重いプレッシャーを感じる。その一方でリリーの奔放な踊りは黒鳥にまさにふさわしいものであり、自分にない魅力を持つ彼女を見てニナは焦りを感じる。またかつてのプリマであるベスが役を降ろされルロワの愛を失ったことから自ら車にはねられ大けがをしたこともニナの心を騒がす。
焦りとプレッシャーから精神的に追い詰められていくニナに異変が起こる。知らぬ間にできていた肩の爪あと―母はストレスによる自傷行為とみなすが、ニナは拡がっていくその傷に不安を覚える。また通り過ぎる人が自分に見えたり、体にできた傷が突然消えたり、鏡の中の自分が違う動きをするなど奇妙な幻覚が見え始め、彼女の中で現実と幻が交錯する。そんな中リリーがニナに接近してくる…
白鳥と黒鳥の二つの側面を体現するプレッシャーと、代役にまで上り詰めたリリーへの焦り、そして次々と起こる異変で追い詰められていくニナ。そんな中、ついに初演の日が訪れる…

『トト・ザ・ヒーロー』(原題:Toto Le Heros)

Posted by arnoldkillshot on 10.2011 映画タイトル:た行 0 comments 0 trackback
『ミスター・ノーバディ』が公開中のジャコ・ヴァン・ドルマル監督の『トト・ザ・ヒーロー』をレビューします。
先に『ミスター・ノーバディ』を見てからこちらを見たのですが、主人公が今までの人生を振り返った末に、悲しみと喜びすべてを含めて人生を肯定するというテーマはこの『トト・ザ・ヒーロー』のころから引き続いていますし、ユーモラスな空想と残酷な現実がかわるがわる表れるという点も共通しています。
ジャコ・ヴァン・ドルマルの“めくるめく”映像美とそれが映し出す人生の愛おしさ、その原点が見られる作品です。

『トト・ザ・ヒーロー』(原題:Toto Le Heros)
1991年 ベルギー・フランス・ドイツ
監督・脚本:ジャコ・ヴァン・ドルマル
音楽:ピエール・ヴァン・ドルマル
出演:ミシェル・ブーケ、トマ・ゴデ、サンドリーヌ・ブランク、ミレーユ・ペリエ、他

あらすじ:
現在は老人ホームで暮らす老人トマ(ミシェル・ブーケ)は、幼馴染のアルフレッドへの復讐を誓いながら自らの人生を回想していた。
幼いトマ(トマ・ゴデ)は赤ん坊のころ、向かいの家のアルフレッドと取り違えられたと信じていた。裕福なカント家で欲しいものはなんでも与えられ、自分をいじめるアルフレッドをうらやむトマだったが、彼の家もまた優しい父と母、美しい姉のアリス(サンドリーヌ・ブランク)と知的障害の弟セレスタンに囲まれ幸福な幼少時代を過ごした。しかしカント家の新しいスーパーマーケットの注文のために飛行機で飛び立った父は行方不明となってしまう。悲惨さを増していく一家の中でトマは名探偵“トト・ザ・ヒーロー”になってカント家に復讐することを夢想する。
あるとき父の遺体を確認しに母が長く留守にすることに。その間トマは姉アリスと恋に落ちるが、やがてアリスはあろうことかアルフレッドといい仲に。嫉妬と怒りにかられたトマに自分の愛を証明するため、アリスは彼と約束した通り、カント家のスーパーに火を放つが、自らも焼け死んでしまう。

大人になったトマは姉を忘れられないまま孤独に生きていたが、あるとき姉の面影を持つ女性イヴリーン(ミレーヌ・ペリエ)と出会う。彼女には夫がいたが、互いに惹かれあう二人は恋に落ちる。二人は駆け落ちを約束するが、当日二人は行き違いになってしまう。さらにイヴリーンの夫がアルフレッドであり、彼女のアリスの面影はアルフレッドが彼女に似せようとしたものだということが分かってしまう。トマは絶望し彼女のもとを去る。

アルフレッドにすべてを奪われたと信じるトマは、大実業家となった彼が命を狙われていると知る。自分が彼を殺すのだと誓うトマは老人ホームを抜け出し、銃を手にアルフレッドのもとへ向かう…

『-less[レス]』(原題:Dead End)

Posted by arnoldkillshot on 09.2011 ホラー 0 comments 0 trackback
『-less[レス]』を見ました。一見シンプルな怪談テイストのホラー映画ですが、その中には人生の不条理をあぶりだす殺伐とした哲学が隠されています。
どこにもたどりつかない暗い1本の道、何度も表れる同じ標識、幽霊のような女と死を告げる黒い車…この映画で出てくるこれらの要素はすべて人生のメタファーであり、その恐怖になすすべもなくただ道を進むしかない家族は、理不尽な人生の中で悲鳴を上げる人間の姿を表しています。そういう点で、この『-less』は単なるホラー映画以上の優れた哲学的作品だと言えると思います。


『-less[レス]』(原題:Dead End)
2003年 フランス・アメリカ
監督・脚本:ジャン=バティスト・アンドレア、ファブリス・カネパ
出演:レイ・ワイズ、アレクサンドラ・ホールデン、リン・シェイ 他

あらすじ:
クリスマスイブの日、祖母の家を目指して裏道を走るハリントン家の車。小うるさい妻ローラ(リン・シェイ)、ボーイフレンドのブラッドを連れた娘マリオン(アレクサンドラ・ホールデン)、そしてブラッドにちょっかいをかけてばかりの息子リチャードに、フランク(レイ・ワイズ)はうんざりしていた。しかし運転に疲れた父がうとうとしていると、目の前の車と衝突しそうになる。
間一髪で事故を避けたが、その時から不可解な事が起こり始める…道の途中で突然現れた、子供を抱いた謎の白服の女。家族は彼女が事故に遭ったものと思い、途中で見つけた小屋で電話を探そうとするが、女と、彼女と共に車に残ったはずのブラッドが姿を消す。そしてマリオンは不気味な黒い車がブラッドを乗せて去っていくところを目撃し、家族はブラッドを探すが彼は道で惨殺死体となって見つかる。
パニックに陥った家族は目的地へ急ぐがいつまで経っても目的地には着かず、途中で何度も”マーコット”という標識が通り過ぎる。次第に険悪な雰囲気になっていく家族が車を止めると、再び先ほどの女がリチャードの前に現れ、また同じ黒い車が彼を連れ去っていく…
たどり着けない目的地、”マーコット”の標識、白い女、黒い車、そして一人また一人消えていく…なぜこんな目に?この異常な状況で恐怖に駆られた家族もまた、次第にその隠されていた本性をあらわにしていく。

『ミスター・ノーバディ』(原題:Mr. Nobody)

Posted by arnoldkillshot on 06.2011 映画タイトル:ま行 2 comments 0 trackback
2年くらい前に海外版の予告編を見てから、ずっと公開を楽しみに待っていた作品です。そしてようやく日本で観ることができて、実際に本当に素晴らしい映画だったと感じました。
あらゆる可能性の中から人が選択する道―それらがいくつもつながって一人の人生を形作り、ひとつの道になります。しかし、この映画の主人公ニモ・ノーバディにはそれができなかった。彼にはひとつの選択肢を選ぶということはできなかったのです―彼にとってすべての可能性はあまりにも大切で、どれかを捨ててしまうことができなかったから。彼はひとつの道を選ぶ代わりに、すべての可能性を行きます。それは彼という一人の人間から無数に拡がっていき、奇妙な宇宙を形成します。
彼の生きたミステリアスな人生から感じること―それは人生の愛おしさです。人生のうちでありえた生き方のすべてがかけがえなく、それらは捨ててしまうことのできないほど大切なものだということに気付かされます。このレビューでいくら語っても、映画自体が見せるそのテーマを伝えきることはできませんが、せめてわたしが映画の中で感じたその“愛おしさ”を伝えられたらと思います。



『ミスター・ノーバディ』(原題:Mr. Nobody)
2009年 フランス・ドイツ・カナダ・ベルギー製作
監督・脚本:ジャコ・ヴァン・ドルマル
撮影:クリストファー・ボーカルヌA.F.C
出演:ジャレッド・レト、ダイアン・クルーガー、サラ・ポーリー、リン・ダン・ファン 他

あらすじ:
西暦2092年、誰も死ななくなった世界でただひとり老いていく男ニモ・ノーバディ(ジャレッド・レト)。118歳になる彼は世界で最後の死ぬ人間として世界から注目されていた。ニモは錯綜する過去の記憶を手繰り寄せ続けていたが、そんな彼のもとに一人の記者が現れ、ニモの思い出を、人が不死となる前の世界のことを尋ねる。
ニモは美しい母とナイーブな父のもとに生まれることを“選び”、幸せな幼い時代を過ごした。彼の近所に住む3人の少女―アンナ、エリース、ジーンにそれぞれ惹かれていたが、ある日母がアンナの父とキスしているところを目撃する。夫婦の仲は悪くなり、ついに二人は別れることに。ニモが父と母どちらかを選ばなくてはならなくなった時、ニモの人生は分岐する。母と出て行ってからの人生、父のもとにとどまった人生、その両方を彼は生きたのだ。記者は混乱する―どちらが真実なのか?しかしニモの人生は更に多くの選択肢にぶつかり、彼はそのどの人生もを生きたのだと語る。

母について行ったニモは、母と衝突してばかり。そんなとき彼は父の仕事で転校してきたアンナと再会する。二人は恋に落ちるが、ニモの母とアンナの父が結婚し二人は兄妹になってしまう。両親に秘密で愛し合う二人だったが、やがて両親が別れて二人はまた離ればなれに。それでも互いに愛し続けている二人は、大人になっても再会を待ち続ける。

父のもとに残ったニモは、体が不自由な父の世話をしながら学校とバイトを両立していた。そんな彼の心のよりどころは、SF小説を書くこと。ある日ニモはライブハウスでエリースと出会う。彼女は片思いの相手に叶わぬ恋をして苦しんでいたが、ニモはそんな彼女に恋する。思いを伝えようと彼女の家までバイクで向かったニモだったが、そこでも運命が別れる―片思いの男と一緒にいるエリースにショックを受けたニモはバイク事故を起こしこん睡状態に。また恋に破れたニモはジーンと結ばれ、人生を偶然にゆだねず計画通りの生き方をすると誓う。そして思いを告げることができたニモは、やがてエリースと結婚することに。
しかしエリースはニモとの結婚生活に満たされず鬱状態に。彼女を救いたいと願うニモだったが、エリースの苦しみは癒されない。一方ジーンと結婚し計画通りの人生を生きたニモは、ジーンの愛にもかかわらず空しさを感じていた。計画通りの生き方をやめ、コインの裏表で決まる偶然に再び運命をゆだねることにしたが…

3人の女性との愛、多くの人生の分岐点―一つの人生で全く違う運命をたどるなど矛盾していると記者は言う。どの人生が真実なのか?それとも彼の言うとおり、ニモはそのすべてを生きたのだろうか…

『シャッターアイランド』(原題:Shutter Island)

Posted by arnoldkillshot on 03.2011 映画タイトル:さ行 0 comments 0 trackback
遅まきながら観ました、『シャッターアイランド』。
ミステリーの古典的な手法と一人の人間の精神世界の錯綜する様子が巧みに組み合わさって、悪夢のような世界を構築している映画だと思います。ネタバレ厳禁の映画ではありますが、物語を全部知った上で観ても魅力が落ちるものではないな、と見終えた後に感じました。ネタバレなしのレビューは続きからどうぞ。


『シャッターアイランド』(原題:Shutter Island)
2010年 アメリカ
監督:マーティン・スコセッシ
出演:レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ、ミシェル・ウィリアムズ、ベン・キングズレー 他

あらすじ;
連邦保安官のテディ(レオナルド・ディカプリオ)は、相棒のチャック(マーク・ラファロ)と共に、精神疾患を持つ犯罪者を収容する孤島の精神病院へ訪れた。電気の通った鉄条網に窓には格子、周囲は断崖絶壁と海―決して逃げられないはずのそこの女性患者が「4の法則、誰が67番目?」という謎のメッセージを残して消えたのだ。彼らは捜査を始めるが、医師や患者たちは皆奇妙に口をつぐむ。
病院の怪しげな雰囲気の中、テディは自身のトラウマを思い出す―戦争でドイツのバッハウの収容所で見た地獄と殺戮、そして死んだ妻ドロレスの幻影…そして彼女が夢の中で語ったレディスという男がこの病院にいると確信する。その男が放火したことによって妻ドロレスは死んだのだった。レディスを見つけだし、女性患者の謎の失踪だけでなく恐るべき人体実験の疑惑を孕むこの島の病院の真実を暴こうとするテディだったが、さらなる謎と狂気が交錯するこの島で次第に追い詰められていく…

『キラー・インサイド・ミー』(原題:The Killer Inside Me)

Posted by arnoldkillshot on 02.2011 映画タイトル:か行 0 comments 0 trackback
観てきました、『キラー・インサイド・ミー』。有名な原作は未読で鑑賞しましたが、物語の持つ心理学的テーマは深く心に突き刺さりました。
日常の自分とその内側で意識されず眠っている本当の自分―それが恐るべき“殺し屋”の本性だとしたら?その本性によって恐るべき結果が待ち受けていたとしても、本当の自分を取り戻すことで自分が真に満たされるとしたら?普段の生活で決して意識されることのないこうした問いは、自分を知っているようで全く理解していないわたしたちにとっては目を背けたくなるような問題でしょう。しかし欠けた自分のまま平和に暮らすか、危険を顧みず自分を取り戻すか―この主人公のルーは後者を選びます。そして彼は自らの衝動のまま殺し屋たる本来の自己へと帰って行くのです。


『キラー・インサイド・ミー』(原題:The Killer Inside Me)
2010年 アメリカ
監督:マイケル・ウィンターボトム
原作:ジム・トンプソン『おれの中の殺し屋』
出演:ケイシー・アフレック、ジェシカ・アルバ、ケイト・ハドソン 他

あらすじ:
1950年代のアメリカの、小さな平和な町良心的で誰からも好かれる保安官のルー(ケイシー・アフレック)は、ある日娼婦ジョイス(ジェシカ・アルバ)に退去を勧告しに彼女を家を訪れる。ジョイスはルーが保安官だと知ると彼を口汚く罵り殴りかかるが、ルーは突然豹変し、彼女をベルトで激しく鞭打つ。我に返ったルーだったが、ジョイスはそんな彼に惚れてしまう。ルーには婚約者のエイミー(ケイト・ハドソン)がいたが、それ以来二人はひそかに愛し合うようになる。
そんなとき、労働組合のリーダーのロスマンが、ルーの兄の死は町の権力者コンウェイの仕組んだものだと告げ、ルーは復讐心に駆られる。コンウェイの息子エルマーはジョイスの客で彼女に惚れこんでいたため、ルーは彼を復讐の計画に利用しようとジョイスと共謀する。しかし計画の日、ルーはジョイスと愛し合った後彼女を死ぬほど殴る。更にそこへやってきたエルマーを撃ち殺し、それをジョイスの仕業と見せかける。
事件は二人の痴情沙汰とみなされたがジョイスは一命を取り留めており、彼女は町の外の病院へ移されることに。ルーは彼女を護送するが、その日ジョイスが死んだと告げられる。彼女の死を知らされ、ルーは少年のころの記憶を思い出す―自分の犯した罪を兄がかばったこと、そして若い家政婦との”鞭打ち”による淫らな関係…
しかし事件は新たな展開へ。ルーの知り合いの少年ジョニーが新たな容疑者として逮捕され、さらに事件の秘密を握りルーを強迫しようと知る流れ者が彼の前に現れる。婚約者のエイミーは様子のおかしいルーを心配するが、ルーはそんな彼女と愛し合い結婚を約束する、ジョイスを思い出しながら…。そんな中でルーの殺人の衝動は更に研ぎ澄まされていく。

  

プロフィール

arnoldkillshot

Author:arnoldkillshot
ブログの説明:
私Arnold Killshotが好きな映画、音楽、本について紹介していくブログです。
主なコンテンツは
①劇場・DVDで観賞した映画のレビュー(主に洋画、ホラー映画)
②洋楽の歌詞の翻訳とビデオの紹介
③読んだ本の紹介
④海外記事の翻訳(新旧問わず、インタビュー記事など)
などです。コンテンツは徐々に増えていくかもしれません。

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