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ドストエフスキー『貧しき人びと(Бедные люди)』(木村浩・訳 新潮文庫)

Posted by arnoldkillshot on 29.2011 本の紹介 0 comments 0 trackback
ドストエフスキー『貧しき人びと』(木村浩・訳 新潮文庫)を紹介します。この物語は、貧しい小役人マカール・ジェーヴシキンと身寄りのない薄幸の女性ワルワーラとの往復書簡の形で語られる、貧しさに苦しめられる人々の物語です。ささやかな幸福を求めて生きる彼らを次々と襲う貧乏と不幸の悪循環がリアルに描かれていて、その悲惨さは痛々しさを通り越して笑うしかなくなってしまうほどです。その貧しさゆえの不幸に加え、マカールの愛とワルワーラの愛の微妙なズレがまた切ないです。以下から心に残った個所の引用です。

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……ところで、市民として一番大きな美徳というものはなんでしょう?この間、エフスターフィ・イワーノヴィチがわたしとの話のなかで、この問題について、一番大切な市民としての美徳とは金儲けの才能だといっていました。これは冗談でいったことですが(これが冗談だったということはわたしも知っています)、そこに含まれている教訓は、相手が誰であろうとも他人の厄介になるな、ということです。ところでわたしは誰に対しても厄介になっておりません!わたしはちゃんと自分のパンを持っています。たしかに、それはありふれたパンで、時にはぼろぼろに乾いていることもありますが、それでもこれは自分で働いて得たパンですから、誰からも後ろ指さされずに、堂々と食べてよいものです。これで十分じゃありませんか!筆耕の稼ぎなんかわずかなものだと、自分でも承知していますが、とにかくわたしはそれを誇りとしています。なにしろ、わたしは働いて、汗をながしているんですから。それじゃ、わたしが筆耕していることに、何か変なことでもあるんでしょうか!筆耕は罪悪だとでもいうのでしょうか?「あの男は筆耕をやっている!」とか「あの鼠みたいな役人は筆耕をやっている!」とかいいますが、筆耕のどこが悪いのでしょう?きちんと美しく書いた手紙は見た目にも気持がいいし、閣下も満足しておられるのですから。わたしは閣下方のために、一番重要な書類を浄書しているんです。そりゃ文章はなっていません。そりゃわたしだって自分に文才がないことぐらいは知っています。ですから役所でもそのほうには手をつけませんでしたし、今でもきみに手紙を書くときだって、気取らずに、あっさりと、心に浮ぶままのことを書いているんです……。そんなことは自分でも百も承知しています。そうはいうものの、もしみんなが文章を書くようになったら、いったい誰が浄書をするんです?さあ、この質問を出しますから、ひとつ返事を聞かしてください。そんなわけで、わたしは自分が必要な、なくてはならない人間であることを知っているので、くだらない悪口でまごつくようなことはありません。鼠だってかまいません。もし似ているというなら、そうしておきましょう!ところがこの鼠は必要な鼠で、役に立つ鼠で、人に頼りにされる鼠で、しかもボーナスまで貰えるという――そういうすばらしい鼠なんですから!……

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今回の主人公マカールにしろ、『白痴』のムイシュキン公爵にしろ、ドストエフスキーは字を綺麗に書く人間が好きなようですね。自分で文章を書くのではなく、人の書いた文章を美しくする彼らは、自分のことばを持たず自分のことばで語る厚かましさのない、弱く純粋な人間という点で共通しています。それから上記の「鼠」の比喩は『白痴』のムイシュキン公爵の「私はあくまで驢馬の味方です。驢馬(ばか)は善良で有益な人間ですからね」という言葉を彷彿とさせます。やはり処女作の『貧しき人びと』は後の作品の原点になっているんだなあと感じさせる類似点ですね。

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ドストエフスキー『地下室の手記(Записки из подполья)』(江川卓 訳)より

Posted by arnoldkillshot on 24.2011 本の紹介 0 comments 0 trackback
ドストエフスキーの『地下室の手記』(翻訳:江川卓)より引用です。(長いので一部改行してまとめてみました)

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…そこで諸君に聞きたいが、こういう奇妙な特質を生れながらに持ち合わせた動物である人間から、いったい何が期待できるものだろうか?ひとつこうした人間にあらゆる地上の幸福を浴びせかけ、幸福の中に頭からすっぽり沈めてしまって、ちょうど水面と同じに、ちっぽけな泡だけがわずかに幸福の表面に浮かびあがるというようにしてみたまえ、また人間に十二分の経済的満足を与えて、眠ることと、はっか入りの蜜菓子を食べることと、世界史が断絶しないように気をくばること以外には、文字通り、何もすることがないようにしてみたまえ。それでもなおかつ人間というやつは、ただもう恩知らずの気持から、中傷根性から、汚らわしいことをしでかすものなのだ。蜜菓子を棒にふる危険を冒してまで、わざわざ身のためにならぬたわごとを、およそ非経済的なナンセンスを求めるわけで、それもただただ、そうしたけっこうずくめの合理主義に、破壊的な幻想の要素を混じようためだけなのである。
ところで人間が、そんな突拍子もない夢想やら、あさましいばかりの愚劣さに必死でとりすがるのも、ただただ、人間がいまだに人間であって、ピアノの鍵盤ではないことを、自分で自分に納得させたい(まるでそれが絶対不可欠事ででもあるように)、そのためだけにほかならないのだ。なるほどこの鍵盤をたたくのは自然の法則おんみずからにはちがいないが、へたに叩きすぎをやられると、カレンダーなしには何一つ欲求することもできなくなる恐れがあるのである。
いや、まだまだある。人間がほんとうにピアノの鍵盤であったとしても、それが自然科学によって数学的に説明された場合でさえ、人間はそれでも正気に返ることができず、わざとすねてみせるにちがいない。そしてこれが、やはり恩知らずの気持からだけであり、つまりは自我を主張したいためばかりなのだ。もしもそのために適切な手段がないとなれば、破壊や混乱を考えだし、さまざまな苦痛を案出してまでも、なおかつ自我を主張するだろう!世界を呪うことだってやりかねない。
ところで呪うことができるのは人間だけだから、(これは他の動物と人間をもっともはっきりと区別する人間だけの特徴である)、どうやら、人間は呪っているだけでも目的を達することができる勘定になる。つまり、自分が人間であって、ピアノの鍵盤ではないことを、ほんとうに得心できるわけなのだ!もっとも、諸君はこう言うかもしれない、――混乱だろうと、暗黒だろうと、そんなものはすべて例の一覧表によって計算できるから、そうした推計の可能性ひとつだけでも、すべてを未然に押しとどめ、理性の勝利がもたらされる、と。だが、そうなったら人間は、わざと狂人になってでも、理性をふり捨て、自我を押し通すだけの話である!ぼくはこのことを信じている。請け合ってもいい。なぜといって、人間のしてきたことといえば、ただひとつ、人間がたえず自分に向って、自分は人間であって、たんなるピンではないぞ、と証明してきたし、たとえ穴居生活におちこんでも、やはり証明してきたのだ。してみれば、そんな表などまだ存在していない。恣欲はまだいまのところ、何に左右されるかわけもわからない代物だと、口から出まかせの主張をしていけない理由があるだろうか……
諸君はぼくに向かってこう叫ぶだろう、(もちろん、ぼくを叫ぶに値するだけのものと認めてくれたらの話だが)、何もきみの意志を奪おうなどとはだれも言っていやしない、ただなんとかして、きみの意志が自分からすすんで、つまり自発的な意志で、きみの正常な利益や、自然の法則や、算術と合致できるようにしてやりたいと心配してやっているだけだ、と。
<いや、諸君、問題が一覧表だの、算術だのというところまで行ってしまって、二二が四だけが幅を利かすようになったら、もう自分の意思も糞もないじゃないか?二掛ける二は、ぼくの意志なんかなくたって、やはり四だ。自分の意志がそんなものであってたまるものか!>

*********

主人公の地下生活者のひねくれた言葉ひとつひとつにうんうんと頷かされてしまうのですが、その中でも特にこの部分が好きです。何不自由ない満たされた生活が与えられたとしても、人間が人間であってものではないということを証明したいがためだけに理屈に合わないことをしてしまう、というこの言葉、すごく理解できます。


  

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私Arnold Killshotが好きな映画、音楽、本について紹介していくブログです。
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②洋楽の歌詞の翻訳とビデオの紹介
③読んだ本の紹介
④海外記事の翻訳(新旧問わず、インタビュー記事など)
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